特別受益の立証責任は誰にある? 必要な証拠や主張されたときの対応

2024年09月19日
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特別受益の立証責任は誰にある? 必要な証拠や主張されたときの対応

静岡県内の家庭裁判所で令和5年に受理された遺産分割の調停と審判の件数は502件でした。

遺産分割は、相続人の話し合いにより遺産の配分を決定するプロセスですが、意見がまとまらなければ、家庭裁判所で解決を図ることになります。たとえば、被相続人の生前に、一部の相続人が多額の贈与などを受けていたようなケースでは、全相続人の意見がまとまらず、解決までに長期間を要することも少なくありません。このように、一部の相続人が遺産分割とは別に利益を受けている場合、その受益分は「特別受益」として遺産分割において調整されることがあります。

本コラムでは、遺産分割で特別受益の主張を受けた場合の証拠の収集方法などの対処法について、ベリーベスト法律事務所 浜松オフィスの弁護士が解説します。

出典:「司法統計」(最高裁判所)


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1、特別受益とは? 該当し得る具体的なケース

特別受益は、亡くなった方(被相続人)の財産から特別な利益を受けた相続人に関して、その受益分を遺産分割において考慮し、公平な相続を図る制度です。
特別受益がどのように扱われ、どのような利益が該当するのかについて説明します。

  1. (1)特別受益は遺産に持ち戻される

    相続人の中には、被相続人から生前贈与を受けたり、遺言で遺産を取得したりして、利益を得ている場合があります。

    たとえば、3000万円の遺産を二人の相続人AとBで分割(相続分は2分の1ずつ)する場合、それぞれ1500万円ずつ配分するのが一般的です。
    しかし、Aが被相続人から生前に1000万円の贈与を受けていた場合、Bとしては不公平に感じることもあるでしょう。
    このようなケースでは、BはAへの生前贈与が特別受益に該当すると主張し、1000万円を遺産に上乗せして相続分を計算するよう求めることができます。

    これを「特別受益の持ち戻し」といいます。

    持ち戻しが認められると、上記のケースでは遺産の総額は4000万円として計算され、Bの相続分は2000万円、Aの相続分は1000万円(+生前贈与分1000万円)となります。

  2. (2)特別受益になる特別の利益とは?

    特別受益の対象となるのは、被相続人から相続人になされた遺贈、生前贈与、死因贈与です。

    ① 遺贈
    「遺贈」とは、遺言により遺産の全部または一部を特定の人に取得させることをいいます。
    遺言により相続人が遺産を取得した場合は、すべて特別受益に該当します。

    ② 生前贈与・死因贈与
    「生前贈与」とは、被相続人の生前に贈与を受ける人(受贈者)との契約により財産を譲り渡すことをいい、「死因贈与」とは、被相続人の死亡により贈与の効力が生じる契約のことをいいます。
    生前贈与と死因贈与のうち、特別受益の対象となるのは、「婚姻または養子縁組のための贈与」と「生計の資本としての贈与」で、具体的には以下のようなものがあります。

    特別受益の対象となる可能性のあるもの
    • 婚姻や養子縁組の際の持参金
    • 居住用の建物や土地、またはその購入資金
    • 開業資金・事業資金
    • 入学金、留学費用
    • 借金の返済資金
    など


    これらの贈与が特別受益に該当するか否かは、以下の点が判断要素となります。

    贈与が特別受益に該当するかどうかの判断要素
    • 贈与が遺産の前渡しとして行われたか


    被相続人が贈与をする際に、遺産の前渡しとして先行配分する意思があったか否かという点が重要なポイントです。例えば、夫婦や親族間の扶養義務を超える程度であったといえる場合は、遺産の前渡しと認定される可能性があるでしょう。なお、扶養義務とは、生活費などを援助しなければならないという民法上の義務で、夫婦間や親子、兄弟姉妹の関係にある親族間で発生するものです。

    そのため、被相続人から生活費や学費、医療費などの援助を受けたとしても、扶養の範囲であれば、特別受益には該当しないと考えられています。

    被相続人の意思が遺言書などにより明示されていない場合は、贈与の目的や金額、贈与時の状況、他の相続人や遺産全体の価値との比較などの要素から、個別に判断するほかありません。

    特別受益の判断には基準があるわけではなく、他の相続における事例などを参考にして総合的に判断する必要があり、一般の方にとっては難しい問題といえるでしょう

  3. (3)持ち戻し免除の例外

    特別受益に該当する遺贈や贈与がある場合でも、持ち戻しが免除される例外が2つあります。

    1. ① 持ち戻し免除の意思表示がある場合
      被相続人が贈与や遺贈について、持ち戻しを免除する意思表示をした場合は、その意思に従うことになります。
      持ち戻し免除の意思表示は、遺言書や贈与契約書に記載されるケースが一般的ですが、その他の書面や口頭でも構いません。
    2. ② 配偶者への居住用建物・敷地の遺贈と贈与
      婚姻期間が20年以上の配偶者への居住用の建物とその敷地の遺贈と贈与については、持ち戻し免除の意思表示が推定されます。
      これは、生存配偶者の生活手段を保障するための規定ですが、被相続人がこれと異なる意思表示をしている場合は、その意思表示に従うことになります。
  4. (4)特別受益の主張には時効がある

    令和5年4月に施行された改正民法により、特別受益の主張ができる期間について制限が設けられました。相続発生が令和5年4月1日以降の場合、相続発生から10年経過時となります
    令和5年3月31日以前に発生した相続の場合は、「相続開始から10年経過した日」または「令和10年4月1日」のいずれか遅い日の到来により、特別受益の主張はできなくなります。

2、特別受益の立証責任|証拠は誰が収集する?

特別受益の有無について相続人間で意見が異なる場合は、証拠により事実関係を明らかにする必要があります。
特別受益の主張に関する証拠は誰が収集するのか、どのような証拠があるのかについて解説します。

  1. (1)特別受益は主張する側が立証する

    特別受益の存在を主張する場合は、その主張をする相続人が立証責任を負います。
    これは、金銭などを巡る紛争における一般的な原則と同様で、利益を得ようとする側は、主張の根拠となる事実を証明する必要があるのです。

  2. (2)特別受益を証明する証拠の例

    特別受益が存在する事実を証明する証拠には、以下のようなものがあります。

    ① すべての贈与に共通する証拠
    • 贈与契約書
    • 被相続人の意向が記された日記やメモ、メール、手紙
    • 被相続人と贈与を受けた相続人の預貯金の取引履歴
    など


    ② 居住用の不動産・不動産購入資金の贈与
    • 不動産登記事項証明書
    • 不動産売買契約書
    など

    不動産が遺贈または贈与された場合は、相続分を算定するために、相続開始の時点における不動産の評価額を明らかにする必要があります。
    特別受益の算定では、不動産業者の査定による実勢価格(市場価格)によるのが一般的ですが、全相続人の合意により固定資産税評価額や路線価など公的な評価額を参考にしても構いません。


    ③ 開業資金・事業資金の贈与
    • 事業用口座の取引履歴
    • 商業登記の履歴事項証明書
    • 開業届の控え
    など


    ④ 入学金・留学費用の贈与
    • 学費、留学の案内書
    • 領収証
    など


    ⑤ 借金の返済資金の贈与
    • 返済金の領収証
    • 借金の取引履歴
    など
  3. (3)持ち戻し免除の意思表示を証明する証拠の例

    特別受益持ち戻し免除の主張をする場合は、その主張をする相続人が立証責任を負うことになります。
    持ち戻し免除の意思表示は、遺言書や贈与契約書に記載されるのが一般的ですが、書面による証拠がない場合は、被相続人が持ち戻しを望んでいなかったことを状況証拠により証明する必要があります。

    被相続人が持ち戻しを望んでいなかったことを推認させる事情としては、以下のようなものがあり、これらの事情を裏付ける証拠を収集することになります。

    • 被相続人の事業を承継するための贈与であった
    • 他の相続人にも生前贈与などをしていた
    • 受贈者に病気や障害があり、他の相続人より多く財産を残す必要があった


    なお、遺言書により遺贈を受けたケースで、その遺言書に持ち戻し免除の意思表示が記載されていない場合は、より明確な意思表示を証明する必要があると考えられています。

3、特別受益の主張を受けたときの対応方法

被相続人から受けた贈与や遺贈について、他の相続人から特別受益の主張がされた場合の対応方法について解説します。

  1. (1)贈与の事実や特別受益の該当性を争う

    特別受益に当たるとされる贈与の事実を否認したり、贈与があったとしても特別受益には該当しないと主張したりすることが考えられます。

    「贈与ではなく借りたもので返済した」「生活費の不足を援助してもらった」というように、特別受益ではないことを裏付ける事実があれば、積極的にその証拠を提出することで有利に手続きを進めることが可能です。

  2. (2)持ち戻し免除の意思表示があることを主張する

    特別受益に該当する贈与があるとしても、持ち戻し免除の意思表示がある場合は持ち戻しの必要がないので、その意思表示があることを主張立証することが考えられます。

  3. (3)寄与分の主張をする

    「無給で家業を手伝った」「長期にわたって介護を行った」など、被相続人の財産の形成や維持に特別の貢献をした場合は、遺産分割において相続分の上乗せを求めることができます。
    これを寄与分といいます。

    寄与分が認められるのは、身分関係に基づいて通常期待されるような程度を超える貢献がある場合とされており、無償の貢献であったことや、扶養の程度を超えた特別の寄与行為があったことなどの要件を満たすことが必要です。
    たとえば、事業用資産の贈与について特別受益の主張がされた場合は、被相続人の事業に貢献したことを理由に寄与分の主張をすることも考えられます。

  4. (4)他の相続人にも特別受益があることを主張する

    他の相続人も生前贈与などによる利益を受けていた場合は、その事実を主張立証して、持ち戻しを求めるも考えられます。
    なお、相続人全員が同程度の贈与を受けている場合は、いずれも特別受益に該当しないと考えるのが合理的でしょう。

4、特別受益に関するトラブルで弁護士ができるサポート

遺産分割で特別受益が問題となった場合に、弁護士のサポートを受けるメリットについて解説します。

  1. (1)特別受益について専門的な見立てが得られる

    被相続人から受けた贈与が特別受益に該当するか否かは、判例や他の事例などを参考にしながら総合的に検討する必要があります。

    一般の方にとって、特別受益について判断するのはハードルが高く、相続人同士の話し合いが難航することも少なくありませんので、なるべく早く専門家である弁護士のサポートを受けたほうがいいでしょう。

  2. (2)証拠収集のアドバイスを受けられる

    特別受益について相続人間の意見が異なる場合は、証拠により事実関係を明らかにする必要があります。
    相手の主張や個々の状況によって有効な証拠は異なりますが、弁護士であれば具体的な証拠の収集方法についてアドバイスすることが可能です。

  3. (3)話し合いを円満に進めることができる

    特別受益が問題になっているケースでは、相続人が不満を抱いていることが多く、円満な話し合いが難しいこともあります。
    弁護士は、専門的見地から公平な遺産分割のプランを提案することも可能なので、話し合いを円満に進めることも期待できます

  4. (4)交渉や裁判所の手続きを委任することができる

    遺産分割で特別受益が問題になると、まずは相続人同士で話し合いを行います。話し合いで解決できなければ、家庭裁判所の調停や審判で解決を図る必要があります。
    交渉が苦手な方や、裁判所の手続きに不安がある方は、弁護士に委任して代理人として行ってもらうことも可能です。

5、まとめ

特別受益は、被相続人の財産から、贈与や遺贈により特別な利益を受けた相続人に対し、その受益分を遺産分割に反映させる制度です。特別受益の主張は、主張する側が立証責任を負い、具体的な証拠をもって証明する必要があります。

贈与が特別受益に該当するか否かの判断や、有効な証拠の収集は、法的知識が必要なので、弁護士のサポートを受けることをおすすめします。ベリーベスト法律事務所 浜松オフィスでは、相続トラブル全般に関するご相談を随時受け付けております。特別受益など相続トラブルでお悩みの方は、お気軽にご相談ください。

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